一橋浪人生の勉強法

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書評:方丈記

2020/08/18浪人151日目 残り151日

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 こんにちは。カイドウです。結構昔の記事で徒然草の書評をしました。今日は徒然草と対を成している方丈記を読み終わったのでその書評をしたいと思います。

 

方丈記とは?

 鴨長明が1212年に書き記した随筆文です。吉田兼好と同じ鎌倉時代に生きていますが、兼行が47歳くらいの時1330年ごろに徒然草を書いたのに対して、方丈記は60代の長明が書いた物でお互い全く交流はありません。

 徒然草は無常観を肯定する作品なのに対し、方丈記はしばしば無常観を嘆く作品と捉えられることがあります。

 

感想ネタバレ注意

 私は別に古文が得意でもなければ詳しくもないので、バックグラウンドを全く知らない状態でただの読み物として方丈記を読みました。

 

始まり〜

行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。(変化は不変である)

 

 まず最初に受けた印象は、短い。徒然草に比べて話がとても短いです。解説を入れても200ページ行きません。おかげで読み通すことができました笑

 次に受けた印象は前半分くらいが迫力ある災害の記述で占められていて読んでいて気持ちの良いものではないということです。

 

 しかし後半になると長明の山中の住まいの自慢話や人と関わる住まいの批判がメインになってきます。私がイメージしていた方丈記はまさにこの長明の山暮らしの章でした。

 私は都市圏から離れたことがないのでなんとなくそういった暮らしにあこがれがあり、この長明の山暮らしの記述はどこか心をくすぐられるものがありました。

 

 

 方丈記を読み進めていて一番驚きを隠せなかったのはなんといっても最後の最後。いきなり自分の山暮らしのこだわりを批判し、そこからたった数行で終わりを迎えました。

 はっきりいって、「はっ????」が頭を占めました。

 いきなり自分の生活を批判してから端的に結論を述べておしまいです。いや、説明してくれ。

 

結論

ただ、かたはらに舌根をやとひて、不請の阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ。

 「仏に対して乞い願うことなく、ただ舌から自然と南無阿弥陀仏と数度唱えた止めた。」

 

 意味がわかりませんでした。解説を読んだ今でもいまいち理解していません。

 長明がじぶんの山住まいのこだわりを批判したのは仏の教えでは無執(何事においても執着を捨てよ)が唱えられているからだと思うのですが、その教えの是非は結局わからないし、長明自身が出した答えも意味がわかりません。

 

 謎しか残らない…。徒然草は一つの話ごとになるほどな!とうなることが良くありましたが、方丈記は全体を通してなんか考えさせられました。そして結論が出ません。読後感最悪です。

 でももう一度読みたいのはどっちかと聞かれたら方丈記な気がします。

 謎だらけですから。

 

 

まとめ

 方丈記の書評の結論として、「よくわからん」これに尽きます。背景や文学に詳しければまた違った感想があったのかもしれませんが、私のレベルでは理解不能でした。

 

以上。ではでは〜

 

 

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